「死」を感じて「生」を輝かせる☆vol.2の中でもお伝えしましたが、

『僕ってなんで生きてるんだろう?何のために生まれてきたんだろう?』

という想いと

「家族と一緒の時間をもっと味わいたい!」

「やりたいって思うことを精一杯表現してみたい!」

という、内側から聞こえてくる声。

それに気づいてから、

家族と一緒にできる仕事のやり方はないものかな?

家の暮らしと仕事の垣根をなくす方法なないかな?

ということを探り始めました。

この時が、2015年が始まってすぐの頃のこと。

そしてちょうど時を同じくして、恵が産前産後のケアを始めたいと動き出しました。

勤務していた病院に副業の許可を得たうえで、

病院勤務がない日にお客さんを受け入れる自宅サロンの形態。

施術用のベッドや、アロマ、を選んだり、

サービスの内容を一緒に考えるうちに、

その面白さにのめり込み、

徐々に、独立してからの、サロン設立へとイメージが膨らんでいきました。

何せ楽しかったんですね(笑)

人に喜んでもらうために、全てを自分達で工夫して提供できることが。

誰に遠慮することもなく、自分たちで考えて行動できることが。

ケセラボという名前もこの時に創造したもの。

ノートいっぱいに、自分たちが表現したいワードを書き出し、

色んな組み合わせを試しながら決めました。

その、たくさんのワードの中で

『ケア』

『セラピー』

『ラボラトリー』

この3つのワード組みあせ、『ケセラボ』を目にした時、

「これだっ!」という感覚があって、

出先から、すぐ恵に電話して「ケセラボ」にしようと伝えたのでした。

幸いなことに、恵も気に入ってくれて、ほっと一安心。

自分で名前をつけたことで、

「新しい何かを生み出した」

という、子供を産んだかのような感覚が生まれたのを覚えています。
(産んだことないけど(笑))

こんな感じで、ケセラボ立ち上げの方向へ一気に気持ちが向かっていきました。

この頃になると、すぐにでも始めたいくらい気持ちは高まっていたのですが、

当時、勤務していた病院では、

所属部署の立ち上げから7年ほど管理職を続けていたので、

僕しか知らない仕事の流れも多く、

それを次に伝えるのに1年はかかる感覚がありました。

なので、2015年度は勤務を続け、仕事の引継ぎをしながら、

ケセラボの内容を固めていく時間にすることを決めたのです。

僕と恵で退職の時期をずらすことも、一応は検討しましたが、

“2年間も気持ちを抑えることはできない”との思いで、

2人同時に退職する流れで進めていきました。

同じ時期に退職するなんて

「お金の心配はなかったの?」

とも思われるかもしれません。

ただ

お金の心配は、それほどしていませんでした。

一つ目の理由は

自分の技術に対して自信を持っていたこと。

自分の技術や知識があれば、お客さんも集まってくるだろうと思ってました。

今振り返ると、自信ゆえの楽観的すぎる観測であったことは否めません(笑)。

やはり、人を集める行動をとらないと、人は集まらないのが真理です。

スゴイ嗅覚でケセラボを探し当てて、来られた方もいらっしゃいましたが。

もう一つの理由は

たくさんの子供たちがいたことでした(当時4人)。

普通に考えると、子供を育てるのにお金がかかるから、逆じゃないの?って思われるかもしれません。

「この子たちを養わないといけないから仕事を辞めるわけにはいかない‥」

みたいな感じで。

けどその時の気持ちは

「この子たちのパワーがあれば新しいことを始めても何とかなるだろう!」

という想いが溢れ出たことを覚えています。

最強のチームメイトに恵まれた気持ちで、

新しいことにチャレンジすることに、安心感を感じていました。

そんな流れで、2015年度が始まってすぐの4月に、

1年後に退職する旨を伝えたのですが、

こちらが拍子抜けするほど、あっさり了承され

それまでの仕事の引継ぎと、ケセラボの準備が始まったです。

今考えると、

よく、1年前に退職を伝えられたな~!と思いますが、

自分の意思を伝え、その時の仕事をやり切ったからこそ、

退職後、スッキリと気持ちを切り替えられたのだろうと思います。

守屋大介